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サインした調書でない物が裁判所に提出された 

 裁判が始まる直前に調書のコピーが届いた。読んでみると自分が聞いたことのない話が書き加えられていた。サインした字は間違いなく私が書いたものであった。どうしてこのような事が起きたのか、当時頭の中が混乱しており、否定するしかなかった。

 落ち着いて考えると、検察調書を作るシステムにその原因があることに気付いた。それは、一旦署名を取った調書を検察が後で彼らの都合の良い内容に変えたということである。その証拠に、歯科医の私がけっしてやることのない話が書かれている。事実私は検事に、脈と呼吸の有無を確認した話を具体的に述べていた。右手首で脈を確認したこと、そして手の平を舐めて口の辺りにかざした事も書かれている。
 
ところが、この話の前に、「ううーと声を上げた。」とか、「どくどくと血を流していた。」という言葉が書き加えられている。この二つの話の目的は明らかに、妻が生きていたということを表わそうとしたものである。これを読んだ判事も妻が生きていたと思ったものと考えられる。それが当然の結果である。

 しかし、このような矛盾した話を私がするはずがない。その理由は、脈・呼吸の確認は[生死の判定]のために行うものであり、声を上げたり、どくどく血を流しているというのは、明らかに呼吸をしていて、心臓も動いており、わざわざ呼吸をしているか、心臓が動いているかなどを確認する必要など全くない。
医学のことをよく理解していなかった検事が、このような矛盾した話を書き加えたからである。

 検察調書は手書きの警察調書と異なり、パソコンで作られたものだ。サインしたページ以外は後でどのようにでも変えられることに気付いた。

 判事は、「署名をしており一旦認めたことを否認するのは身勝手である。」というようなことを法廷内で私に向かって言った。事情を何も知らずに。
 
 誰だって、自分が署名した話と違っていれば反論するでしょう。よく、ニュースを聞くと裁判が始まってから否認したという話が多いことに思い当たる。きっと私同様、調書の内容が変わっていたという理由で否認したとも考えられる。
 
 このような行為は[公文書偽造]に当たる明らかな犯罪行為である。正義を司る検察がこのように法を犯していることを野放しには出来ない。
 
一日も早く安心し、調書にサイン出来るシステムになることを願う
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[ 2008/06/30 17:37 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

裁判の経過 

第一回公判   平成14年10月24日   冒頭陳述
第二回公判   平成14年12月24日   榊山院長(羊が丘病院)証人尋問
第三回公判   平成15年1月27日    松本鑑定医 証人尋問
非 公 判    平成15年2月21日    成松医師(札医大講師)証人尋問 
第四回公判   平成15年3月10日    吉村貞子 証人尋問(1回目)
第五回公判   平成15年4月17日    吉村貞子 証人尋問(2回目)
第六回公判   平成15年5月8日     吉村 敏 証人尋問(1回目)
第七回公判   平成15年6月2日     吉村 敏 証人尋問(2回目)
判決公判     平成15年11月27日   懲役2年6ヶ月の実刑有罪判決

控 訴 審    平成16年5月31日 
控訴審判決   平成16年10月14日   控訴棄却判決

上    告    平成17年1月8日     
上告審判決   平成17年10月14日   上告棄却判決
直ちに異議申し立てを行うがそれも棄却となる。

逮捕(平成14年8月2日)から3年2ヵ月半の拘置所暮しは、すでに2年6ヶ月の実刑判決を8ヶ月も上回ったにもかかわらず、まだ3ヶ月刑務所に送られることとなった。

12月6日函館刑務所にJRで移送される。

3年2ヵ月半の拘置所暮しは、ずっと独居房でまさに孤独との戦いを続けていた。頼りにしていた弁護士はこの間10数回の面会だけで、真剣に取り組んでいたかは甚だ疑問である。

平成17年2月7日、ようやく函館刑務所を出所したときの服装は外套もなく、おまけにサンダル履きというものだった。勤務時間の担当官は酒臭く、私を雪の町中に送り出した。

警察、検察の罠に嵌められ無実の罪に問われた私にとっては、余りにも過酷な試練だったと甘受するしか出来ない。そして私の苦しみは出所後もさらに続いていた。

鑑定医に電話をすると、「急死とも急死でなかったとも私は述べていない。もう電話を掛けて来ないでくれ。」と、言われた。鑑定医は証人尋問ではっきりと、「心臓内に凝血が見られるのであるから、急死ではなかったと思われる。」と述べている。

鑑定医が人の一生に関わる大事な鑑定の証言をこのようないい加減な態度で行って良いものでしょうか。検察の不正を防ぐためにも毅然とした態度が求められる。

冤罪の責任は、警察検察鑑定医に、そして弁護士にもあるものと指摘する。
[ 2008/06/14 20:14 ] 裁判の経緯 | TB(0) | CM(0)
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