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検察の考えた作戦 

妻は既に死んでいた。」という私の証言を如何に否定出来るか、あなたならどうしますか。
2階に戻った後も妻が生きていたという証拠を見つければ良いと考えるでしょう。しかし、そんな証拠はどこにもありませんでした。
証拠がなければ、《証拠を偽造すればいい》と検察は考えたものと推測する。
私が事件現場であった1階の階段下から2階に上がった後も妻が生きていたとするには、母がエーテルを使ったという時期をこの時期にすれば可能であることに検察は気が付いたのである。
そこで考えたのは、77歳と高齢の母親を使い、検察が書いた供述調書にサインさせることだった。
母にはエーテルの使用時期に何の意味があるかなど分かるはずがなかった。
母は検察の指示通りの答弁を法廷内で、「はい。その通りです。」と述べた。これによって、調書の中身が正しいものであると認定されたのである。母は検察の指示通りすれば良いと考えていたと思われる。
しかし、たとえ母がそのように証言したとしても、実際に起きている現象から判断すると、供述内容は実際に起きていないことが誰の目にも分かる証拠が【現場写真】に鮮明に写っているのです。
それは、妻は私が雑巾掛けをした後で、調書に書かれている(身体の状態が変化して、上を向いた姿勢になっていた)というような変化もなかったということである。
もし、そのように身体が動いたというのであれば、床に残った雑巾掛けによって平行状の血で出来た痕跡が乱れていなければならない。
その上、血で出来た筋が右足の脹脛の上にぴったりと連続しており、雑巾掛けの時期の身体のあった状態のままであることも示しており、明らかに調書の記述はなかったことを示すものである。

多分、検察はこのブログを見ているに違いない。これまでのわたしの話で間違いがあれば、遠慮せずに反論して来た筈である。
多分、反論できないと考え、息を潜めじっとこのまま何事もなく時間が過ぎるのを待っているのでしょう。
だが、私は勝利の日までこの活動を辞めるつもりはないと宣言する。

警察、検察の行った詐欺行為は決して許すことは出来ない。
このような行為はけっして今回だけではなく、氷山の一角と考えるのが正しいだろう
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[ 2008/07/29 13:57 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

元鑑識官も認めた確実な事実 

平成20年7月12日、元栃木県警鑑識官齋藤保氏に電話で現場写真について私の考えを聞いてみました。
齋藤保氏とは[鑑識定書]というのを書いてくれた方で、私の無実を尿失禁の発見によって証明した方である。
彼も気が付かなかった事実(遺体は雑巾掛けの後で動いてはいない。既に死んでいたことになる。)についての話である。
遺体は雑巾掛けの後で動いてはいない]という推理は鑑識官の出るまでもなく、素人にも分かることである。そこに気付かなかったのは遺憾である。」とのことでした。
さらに、エ-テルのガーゼが身体の下になっていることから考えると、暴行前に使用され、暴行中に身体の下になったと考えられるとのことでした。

写真が示している事実については誰にも異論は挟められないことであり、鑑識官という専門家の出る必要もないものであるとのことでした。これに対して異論があるという人がいれば、是非メ-ルして頂きたい。

[検察調書]は一体何のために作られたのかということも誰にでも分かると言えます。検察は証拠を捏造したという証拠をのこしてくれたものです。

検察が平気で証拠を捏造することを許してはならないのです。判事は被告の話にもっと耳を傾けなければなりません

判事の方々は頭の良い人たちなのですから、私が事実に気付く前に気が付いてもらいたかったものです
高額の報酬に見合うだけの仕事をして貰いたい。
[ 2008/07/12 23:00 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

検察は安易に証拠を捏造する 

マスコミとは、情報を広く大衆に伝えることであるが、その情報が正しいとは限りません。特に警察、検察が虚偽の情報を流せば誰も疑わずに信じるでしょう。
しかし、思い出してください。昔から権力を握っている側が、自分たちに都合の良い情報を流し、大衆を惑わすことを平然とやっていたことを。
警察・検察は今日のように犯罪が多くなると、早く解決することだけを考え、一つ一つの事件を十分に調べないで自分たちで都合の良いストーリーをあらかじめ作り、それに合った証拠を捏造する方が楽であると考えたのだろう。
その捏造のミスが明らかになった場合は、裁判で証拠不十分ということで無罪となるが、ほとんどのケースにミスはなく、被告とされた者は彼らの捏造のために有罪となるしかないのです。

私の事件において検察は大きなミスを犯していたのです。そのミスに気が付いたのは刑に服し家に戻ってからしばらく経った時でした。有罪の判決の根拠は、全てが捏造の調書の記述であった。
証拠に誤りがあると明らかならばそれを指摘するのがマスコミ関係者の責任ではないでしょうか。

私の指摘は間違いなく正しいのです。耳を傾け、検証するのが常識ある人間の取るべき態度である。
死体は初めから全く動いてはおらず、私の見た状態のままであったものを、検察は現場の状況を無視し、生きていたという証拠とするために、高齢の母を騙し(捏造調書)を偽造したのである。
刑事たちが行ったのは明らかに集団詐欺行為であった。彼らの罠に嵌められ虚偽の調書にサインしたのは、[悪いようにしないから俺たちに任せなさい。警察官が嘘を言うはずないだろう。]と警察官という地位を悪用し人を騙すという詐欺師の手口であった。
彼らが警察の看板を盾に、「俺たちを信じれ。」と言って騙すのは最も簡単に人を騙せる方法である。警察にこの被害届けを出しても取り上げてはくれません。身内の不祥事を公にしないのは、警察全体が行っているからであり世間に知られたくないことなのです。
検察の指示に従って刑事が動いていたことは明らかで、検察の手口は遥かに悪どいものだった。
警察が取った調書は確かに聞かされた内容が書いてあるが、検察の調書は内容が変わっていた。
契約書の内容が変わっていれば誰でも驚くだろう。私が驚いたのは正にこの驚きだった。
契約書と同じように全頁に割り印を義務付けなければ、パソコンで書いた調書などどうにでも書きかえられるのです。
権力機関の不正を正せるのは大衆の力です。マスコミがその先頭に立ってこそ真の民主主義を守ることが出来るのです
[ 2008/07/06 14:01 ] 日記 | TB(0) | CM(0)
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