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裁判前に嘘がばれることを恐れた検察 

検察は裁判が始まる前に私から本当の話が世間に漏れることを恐れ、2度の[保釈請求]を棄却するように裁判所に要求したのである。その理由は全く逆の申し立てであった。それは、「証拠の隠滅が考えられるから」というものであった。
検察は自分たちがマスコミに発表した嘘の話が私の口からばれてしまうと強調文考えたからであった。
妻を発見した時点で妻はもう既に死んでおり、[救命処置]を施すことが出来なかったということを世間に知らせたくなかったのである。私によって折角彼らが企てた嘘の証拠[母の供述調書]が捏造さてたものとばれてしまうからである。
彼らにとって私という存在は自分たちの悪事を知っている唯一の存在であり、何としても裁判が確定するまで事実が世間に知らせてはならなかったのである。一旦[有罪]の判決が下ると、2審も3審も余程のことがない限り一審の判決を覆さないということを知っているからである。
それ程2審も3審も真理を明らかにするだけの能力も意欲もない機関であることをさらけ出したのである。
事実と異なる内容で審議された事件が正しい結果を生むはずがないことはお分かりでしょう。
では、事実に従うと一体私の罪はどうなされるのでしょうか。
落下してから妻は私の母親に発見され、日頃から苛めをしていたのが原因で母にエーテルを吸わされ暴行を受け出血多量で間のなく死んでしまった。出血も終わり、凝血を起こしていた妻を発見した私が[エーテルの臭い]から母の犯行であることが分かったのである。それを隠そうと考え、[エーテルの臭い]が消えてから通報しようとしたのがこの事件の真実である。
勿論私が母の犯行を隠そうとしたことは良くないものである。しかし、妻は既に死んでおり、母親が事件の犯人であると世間に知られたら私を含め家族みんながあれこれ言われてしまうことは明らかでした。それを何とか回避したいと願い[母の犯行]を隠そうとしたのです。
この行為に対して何らかの罪に問われるのであれば私は甘んじて受けることに納得出来るのです。
[生きていた妻を見殺しにした]という事実とは全く異なる理由で出された判決には死んでも納得出来ません。
事実を歪め、重い罪を加えた警察、検察の行為は[犯罪行為]であり彼らを告発することが私に残っている人生の仕事であると考えています。
この事件は警察、検察が[嘘の証拠で罪に陥れる]という手法を数多く使っているという事実を明らかに出来る貴重なものであるのです。
事実を歪め、自分たちの成績とするため、罪に陥れることが彼らの仕事ではありません。
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